大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和43年(ワ)1381号 判決

原告 仲井美世子

〈ほか五名〉

原告ら六名訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄

同 川西譲

同 藤原精吾

藤原代理人訴訟復代理人弁護士 足立昌昭

同 前田貞夫

被告 株式会社神戸製鋼所

右代表者代表取締役 外島健吉

右訴訟代理人弁護士 永沢信義

同 山田忠史

同 畑良武

同 中祖博司

永沢代理人訴訟復代理人弁護士 澤昭二

主文

一、被告は、原告仲井美世子に対し、三九二万八、〇〇〇円、同仲井敏恵及び同仲井照恵に対し、各三四二万八、〇〇〇円並びに右各金員に対する昭和四三年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は、原告渡辺純子に対し、二八〇万円、同渡辺孝雄及び渡辺博子に対し、各二三〇万円並びに右各金員に対する昭和四三年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外仲井修及び同渡辺浩の死亡事故

昭和四三年六月二一日、被告会社神戸工場の六号ボイラーの中で、被告会社からボイラーの清掃作業を請負っていた神戸クリーナーの従業員であった訴外仲井修及び同渡辺浩が、窒息によって死亡したことは当事者間に争がない。

二、右事故に至った経緯

訴外仲井修、同渡辺浩、同井上広義及び同中西嘉一郎の四名は神戸クリーナーの従業員であったこと、右四名が、昭和四三年六月一九日から六号ボイラーの清掃作業を始めたこと、六号ボイラーの前面南端附近に呼径二五Aの空気供給用の配管があり、右ボイラーの前面北端附近に呼径二〇Aの窒素供給用の配管があること、窒素供給用の配管にゴムホースの一端が接続され、右ゴムホースでボイラー内に窒素が流入されたこと、同月二一日午後四時すぎ頃、訴外仲井修、同渡辺浩、同井上広義、被告会社神戸工場動力課ボイラー班長大矢利己が六号ボイラー内部で倒れ、神鋼病院に収容されたが、四名とも死亡したことは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。

被告会社神戸工場は、本件事故より十数年前から、ボイラーの清掃を、神戸クリーナーに請負わせ、その責任者中西嘉一郎ほか仲井修、井上広義らは、約一〇年間の経験をもち、渡辺浩も約二年間の経験をもっていた。被告会社には、一般的な安全内規が制定されていたが、右清掃を請負わせるについて、安全、衛生及び要領に関して細部にわたる具体的な注意及び指示をすることなく、またボイラー内の換気等に関する安全、衛生について確認させ、又は確認することなく、単に、清掃すべきボイラーと期間を特定して請負わせていた。

六号ボイラーの附近には、これと並んで二号ボイラーから九号ボイラーまでがあり、その前面に、水、空気、窒素等の供給配管があり、各ボイラーには、二、三箇宛の使用栓があった。

ボイラーの清掃に当たって、水の使用は、他のボイラーへ給水する水の量を減少させることがあるので、その都度許可を得ていたが、空気の使用は、その都度許可を受けることなく、適宜、近くにある配管にゴムホースを接続することによって使用することが許されていた。

右配管には、その種類を識別するための表示、危険を表す表示及び取扱いについての注意書等の掲示等は何もなく、又神戸クリーナーの従業員は、右配管に関して特別な指示及び教育等を受けていなかったので、長い間の経験から、水及び空気供給用の配管の区別についての知識をもっていたが、窒素供給用の配管があることは全く知らなかった。そして、六号ボイラーの前面南端附近に呼径二五Aの空気供給用の配管があり、六号ボイラーの前面北端附近に呼径二〇Aの窒素供給用の配管があったが、これについても、右種類の配管があることは知らなかった。

六号ボイラーは、六月二五日労働基準監督局の性能検査が行われる予定であったから、同月一九日から清掃作業が始められたが通常要する期間より短い期間で右作業の完了することが要求されていたため、右一九日は、煙管を掃除し、翌二〇日は水洗いをしその後通常の場合は自然乾燥させるものを、換気乾燥をするためいわゆる「エヤー吹かし」をして、六号ボイラーの内部を早く乾燥させることとした。

そこで、従前から、「エヤー吹かし」をする場合の例に従って六号ボイラーの近くの配管にゴムホースの一方の端を接続し、他の端を六号ボイラーの上部にあるマンホールから内部に入れて気体を流入したのであるが、たまたま右接続した配管が、六号ボイラーの前面北端附近にあった窒素供給用の配管であったため、六号ボイラー内へ窒素ガスが流入されることになったのである。

六月二〇日、六号ボイラー内へ窒素を流入し、そのままの状態で翌二一日午後四時頃まで経過したため、六号ボイラー内は、窒素ガスで充満してしまったのであるが、神戸クリーナーの四名にとって、このような状態にあることは全く予想し得ないことであったので、訴外仲井修は、清掃作業の目的で六号ボイラーの上部にあるマンホールからボイラー内部へ入ったため、窒素ガスを吸って倒れ、次いで、右訴外人を探して訴外渡辺浩及び同井上広義が六号ボイラー内に入ったところ、同様にして倒れ、更に訴外中西嘉一郎からこれを聞いて救急活動のため右六号ボイラー内に入った被告会社神戸工場動力課ボイラー班長大矢利己も倒れ、やがて被告会社の保安関係者によって近くの神鋼病院に収容されたが、右四名は、酸素欠乏によって窒息死したものである。≪証拠判断省略≫

三、被告会社の責任

以上認定した事実によるとき、被告会社は、

1  六号ボイラーの前面に窒素供給用の配管が設置されてあったのであるから、これを他と識別するための表示、危険を表すための表示、その取扱いに関する注意書等の掲示等をし、又は、誰でも簡単に使用することができない状態にしておく等の措置をなすべきであったのにこれをなさずに放置しておいた、

2  六号ボイラーの前面に、空気供給用の配管のほかに窒素供給用の配管があり、空気供給用の配管は適宜使用することを許していたのであるから、単に清掃すべきボイラーと期間を特定して請負わせるのみでなく、ボイラーの清掃をなす者に対して、これらの配管の種別、危険性、取扱いの方法等について教育をし、または注意をなすべきであったのにこれをしなかった、

3  ボイラー内部における作業には、酸素の欠乏する場合のあることは常に予想されるので、その内部に立入るに先立って酸素濃度を測定し、又は有害でない空気を送る等して酸素の欠乏していないことを確認し、又は確認させたうえで立入らせるべきであったのにこれをしなかった、

等の過失があったものというべく、単に一般的な安全内規を制定したり、安全教育をしたというのみでは、注意義務をつくしたものということはできず、本件死亡事故は、右過失によって生じたものであるから、被告会社は、これによって生じた原告らの後記損害について賠償すべき義務があるといわなければならない。

四、損害

1  被告主張の過失相殺について

前記認定のとおり、本件事故が、被告会社の過失によって発生したものであって、神戸クリーナーの四名に窒素供給用の配管のあることについては何ら知らされていなかったために、知らずに、これにゴムホースを接続し使用したことをもって、被害者(神戸クリーナーの四名)に過失があるということはできないから、本件は、過失相殺をすべきではない。

なお、被告は、神戸クリーナーの四名が共同作業の過程で、窒素供給用の配管にニップルを取付け、使用栓と元栓を開放したと主張するが、六号ボイラーの前面南端附近に空気供給用の配管があり、これは何時でも、許可なく使用しうる状態にあったのであるから、特別の事情のない限り、六号ボイラーの前面北端附近の窒素供給用の配管が使用し得ない状態にあるのに、わざわざ、どこからかニップルを探してもって来て取付け、その配管を元栓までたどって元栓を開放し、ゴムホースを接続し、使用栓を開放して使用するよりは、右空気供給用の配管を使用するのが普通であると考えられ、それなのに窒素供給用の配管を使用したということは、右窒素供給用の配管が直ちに使用しうる状態にあったと推認するのが相当であって、被告の主張は認められない。

2  被告主張の損益相殺について

労働者(本件の場合はその遺族)が、第三者の不法行為によって、第三者に対して損害賠償請求権を取得すると共に、同一の事由によって将来労働者災害補償保険法による保険給付(本件の場合は遺族補償年金)を受給することが確定した場合であっても、第三者に対する右損害賠償請求権を行使することを妨げられるものではない。

同法により保険受給権者が政府から保険給付を受ければ、その給付の価額の限度で、補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権は、政府に移転するから、保険受給権者は、第三者に対して、もはや損害賠償請求権を行使することはできず、他面、保険受給権者が、第三者から損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で災害補償の義務を免れるものである。

この両者の関係は、相互補完の関係にあって被害者等の保護を全うしようとすると共に、二重の填補を排除することによって公正を帰しているものである。従って政府が第三者に対する損害賠償請求権を取得し、保険受給権者が損害賠償請求権を行使することができなくなるのは、政府が、現実に保険給付をして保険受給権者の損害の填補をなした場合に限られると解すべきである。

そうすると、将来にわたって保険給付を受けることが確定しているとしても、これをもって損害を填補すべき現実の保険給付を受けたということはできないから、これによって政府が損害賠償請求権を取得したということはできず、従ってまた保険受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が消滅するものでもなく、被告が主張するように、将来の給付額を損益相殺として損害額から控除することはできない。

3  原告仲井関係

原告仲井美世子は、訴外仲井修の妻、原告仲井敏恵、同仲井照恵は、いずれも同訴外人の子であり、同訴外人の相続人であることは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によると、訴外仲井修は、本件事故で死亡した当時三七才の男子で一家の生活を支えて来たものであることが認められ、あと二六年間就労が可能であったということができる。

≪証拠省略≫によると、訴外仲井修の本件事故当時における平均一か月の収入は、五万二、九六〇円であったことが認められ、昭和四三年全国全世帯平均家計調査報告並びに、同訴外人の収入、職業、年令及び同訴外人がいわゆる世帯主であることを考慮して同訴外人の生活費は、その収入の三〇パーセントにあたる一万五、八八八円と認め、右収入から生活費を差引いた一年間の実収入額四四万四、八六四円にホフマン式係数を乗ずると、

(52.960-15.888)×12×16.379=728万6427円)

となり、訴外仲井修の失った得べかりし収入は、七二八万六、四二七円であって、同訴外人は、本件不法行為によって同額の損害を蒙ったものというべきであり、原告仲井美世子、同仲井敏恵、同仲井照恵は、その相続分によりそれぞれ二四二万八、〇〇〇円(千円未満切捨)を相続したものである。

訴外仲井修が本件不法行為により死亡したことにより蒙った原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告仲井美世子については、一五〇万円、同仲井敏恵、同仲井照恵については、各一〇〇万円をもって相当であると認める。

4  原告渡辺関係

原告渡辺純子は、訴外渡辺浩の妻、原告渡辺孝雄、同渡辺博子は、いずれも同訴外人の子であって、同訴外人の相続人であることは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によると、訴外渡辺浩は、本件事故で死亡した当時五四才の男子で一家の生活を支えて来たものであることが認められ、あと九・七年間就労が可能であったということができる。

≪証拠省略≫によると、訴外渡辺浩の本件事故当時における平均一か月の収入は、五万八、四四五円であったことが認められ、昭和四三年全国全世帯平均家計調査報告並びに、同訴外人の収入、職業、年令及び同訴外人がいわゆる世帯主であることを考慮し、同訴外人の生活費は、その収入の三〇パーセントにあたる一万七、五三三円と認め、右収入から生活費を差引いた一年間の実収入額四九万〇、九四四円にホフマン式係数を乗ずると、

(58.445-17.533)×12×7.945=390万0550円)

となり、訴外渡辺浩の失った得べかりし収入は三九〇万〇、五五〇円であって、同訴外人は本件不法行為によって同額の損害を蒙ったものというべきであり、原告渡辺純子、同渡辺孝雄、同渡辺博子は、その相続分によりそれぞれ一三〇万円(千円未満切捨)を相続したものである。

訴外渡辺浩が本件不法行為により死亡したことにより蒙った原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告渡辺純子については、一五〇万円、同渡辺孝雄、同渡辺博子については、各一〇〇万円をもって相当であると認める。

五、結び

よって、原告らの本訴請求は、原告仲井美世子に対し三九二万八、〇〇〇円、同仲井敏恵、同仲井照恵に対し各三四二万八、〇〇〇円、原告渡辺純子に対し二八〇万円、同渡辺孝雄、同渡辺博子に対し各二三〇万円及び右各金員に対する本件不法行為のあった日の翌日である昭和四三年六月二二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度で認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下郡山信夫 裁判官 角田進 裁判官横山敏夫は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 下郡山信夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例